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東京家庭裁判所 昭和29年(家イ)574号 審判 1954年3月09日

本国 米合衆国カルフオルニヤ州

住所 東京都○○区

申立人 ジエームス・ピカツト(仮名)

本国 申立人に同じ

住所 オーストリヤ

相手方 マーガレツト・ピカツト(仮名)

事務所 東京都○○区

相手方代理人弁護士 ウイリアーム・ペツク(仮名)

右当事者間の離婚等事件について、当裁判所は申立書及び当事者双方の陳述に基いて、日本国法例と夫の本国法である米合衆国カルフオルニヤ州の離婚に関する法律並びに日本国家事審判法を適用して次のとおり審判する。

主文

申立人と相手方は本日離婚する。

(家事審判官 近藤綸二)

(参照)

事件の実情

申立人は相手方と一九四六年○月○○日○○○○オーストリヤで結婚しました。当時申立人は米陸軍輸送船に勤務していました。

相手方は結婚直後申立人に対し、この結婚はまちがつている、相手方は他の男を愛していると申し、相手方は忙しいとの理由で申立人の為に食事の仕度をするのを拒み、相手方に対し申立人がやさしく出ても、相手方は申立人の存在を無視した行動をしました。一九四七年○月同棲、約四ヶ月後申立人はその務先である米国陸軍の第二メージヤーポートであるマニラに行く事になり、申立人は相手方に対し一緒に来る様おだやかにたのんだ手紙を書きましたが相手方は拒否しました。一九四七年申立人はその勤務先P・Xのある日本に来ました。申立人の職業は日本と沖繩の間を往復する○○○技師です。この時も申立人は相手方に手紙を出して、来て一緒になる様たのみましたが相手方はそれを拒否したばかりか、申立人が離婚をするとよいと申しました。申立人はこの結婚が成功する事を長い事待ちましたが、もうその不可能である時期も来た様に思へますのでここに離婚の調停を求めます。

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